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女神のみすまる 神社・聖地探訪録

Annaの訪れた土地の忘備録に

安久津八幡神社 (山形県東置賜郡)


北緯38度0分30秒 東経140度13分7秒

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祭神 : 誉田別命
創建 : 貞観2年(860年)

  <由緒・歴史>

安久津八幡神社は、貞観2年(860年)、慈覚大師が豪族、安久津磐三郎の協力で阿弥陀堂を建てたのが始まりと言われ、後、平安後期に奥州平定のため、源義家が、戦勝を祈願して、鎌倉鶴岡八幡を勧請したと伝えているが、もとより定かではない。
生い茂る樹木に囲まれ苔むす石畳参道の入口左手に、端麗な姿の三重塔、参道途中に舞楽殿、その奥に本殿がある。この三建造物は県の指定文化財となっている。

三重塔は寛政9年(1797年)に再建されたもので、初建は、寛永2年(1625年)といわれている。方三間造で銅版葺き、置賜地方唯一の層塔である。

舞楽殿は、室町末期のものといわれ、方一間宝形造、茅葺きである。毎年5月3日には、倭舞(やまとまい)、9月15日には延年の舞が気品高く、古式豊かに舞われる。
本殿は、三間社流造、茅葺きである。

境内には、鐘つき堂・流鏑馬的場跡などがあり、裏山一帯には、安久津古墳群(鳥居町支郡)十数基が点在している。そのほか奥の院の洞窟などがあり片葉の葦、爺婆石、弘法清水などの伝説も残っている。町歴史公園の東に位置し、神社西方の山は5千本ほどのつつじで彩られる。境内の東側には、郷土資料館がある。また、周辺を歴史公園として整備し、「うきたむ風土記の丘」の中核施設として県立考古資料館がある。
山形県高畠町HPより~

貞観二年(860)慈覚大師が安久津の豪族安久津盤三郎の協力で阿弥陀堂を建立、金蔵院として信仰を集める。
永承六年(1051)源義家が安倍一族討伐の命を受け二井宿峠を越えて当山に入り戦勝を祈願し大勝利を得た(前九年の役
寛治元年(1087)再度金蔵院に立ち寄り戦勝を祈願し大勝利を得た(後三年の役)そこで鎌倉の由比郷より八幡神を分霊してお祀りしたのが安久津八幡神社の起こりと言い伝えられている。源氏の氏神八幡神に甲冑や刀を奉納、別当神宮寺・学頭金蔵院・衆徒頭千殊院始十二坊を置き、神官社家三十余人を配し、神仏両部の祭典儀式が定められていた。
以後、長井・伊達・蒲生・上杉と歴代領主により保護され、社殿の造営や社領等の寄進が行なわれてきた。
鎌倉時代から室町時代にかけて院や坊の最盛期修行僧の能海・堪忍等の写経筆跡が神奈川県「金沢文庫」に残っている。
伊達氏の尊崇特に篤く広大な社領を寄進される。
独眼竜政宗」は重臣「片倉小十郎」をもって総裁に任じ神務までも司り、隆盛を極めた。
伊達氏に変わり蒲生氏が領主になると社領は没収され、社頭は衰運するが祭祀は継続された。
文禄三年(1594)より上杉家の領地となり寛文四年(1664)に天領となる。
寛文十三年(1670)に社領五十石を賜り明治三年(1870)まで続く
元和元年(1615)拝殿火災 元和三年(1617)拝殿再建
元和五年(1619)本殿焼失 寛永七年(1630)本殿再建
元文二年(1737)寛保三年(1743)火災により旧記・宝物等焼失
宝暦五年(1755)大飢饉の中現在の社殿が再建される
明治四五年(1912)今の社務所にあった金蔵院が火災で焼失

~安久津八幡神社公式サイトより~

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三重の塔や、茅葺屋根の舞殿・本殿など見ごたえのある建築。
雰囲気のある静かな佇まいの神社。

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神社は上の写真を見て頂いてもわかるように、山と平野の境にあり、山がコの字型に神社を取り囲んでいます。
境内と山(八幡山)の中腹などには、7~8世紀ごろの古墳が12基あるようです。(鳥居町支群)いずれも終末期の円墳で南に石室が開口しています。この古墳群は安久津古墳群の一部で、近くには他にも古墳や、洞窟遺跡などが点在しているようです。置賜郡が古くから栄えていたということを物語っています。
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↑神社脇の古墳。雪で近寄れず。玄室が開口しているのが遠目にも見えます。

山の頂上には奥の院があるようで、洞窟になっているらしい。行かれた方のブログ写真を見る限り、なかなか素敵な磐座のようです。こちらに訪れたことは過去二度。最初に訪れたのは10年前ぐらいの夏、その頃はまだ古墳にそれほど興味がなくスル―してしまったのでした。次に訪れた時は雪で山への道が閉ざされており、古墳も奥の院にも行けなかったので、また時期を改めて散策したいと思っています。
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↑そしてこちらの狛犬はとってもキュート♡なのである。